投稿者:さくら しな子

先物取引発祥のウラバナシ!かの「大岡裁き」をみよ!

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「大岡越前守忠相(おおおかえちぜんのかみただすけ)」を知っていますか?

『暴れん坊将軍』などの時代劇で、その名を聞いたことがある方もいらっしゃるかもしれません。

 

実は、先物取引は、この「大岡越前守」が整備したといわれているのです。

今回のブログでは先物取引発祥のウラバナシとして、「大岡越前守」がどのように先物取引を整備したのかご紹介します!

 

こんな方にオススメ

「大岡越前守」って誰?何をした人?

「大岡越前守」が何をしたか気になる!

先物っていつからどうやって成り立ったの?

 



大岡越前守忠相って、だれ?

 

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1717年(享保2年)、大岡越前守は、「江戸南町奉行」に任命されます。

 

もともと、身分の低い武士「旗本」であった大岡越前守が「奉行」になるなんて当時は異例中の異例でした。なぜなら「奉行」は、徳川家にずっと仕えてきた大名から選ばれるのが普通だったからです。

 

これを命じたのは、あの8代将軍、徳川吉宗。吉宗は大岡越前守が優秀であることを見抜き、家柄ではなく、能力がある人材を「奉行」に選んだのかもしれませんね。

 

大岡越前守は、主に、裁判・警察・行政などのさまざまな仕事をおこないました。そして、大岡越前守が行ったとされる裁判の総称を「大岡裁き」といい、現代でも歌舞伎や落語になったりしています。

 

これぞ!「大岡裁き」有名な話をご紹介

 

そんな「大岡裁き」の中でも有名なお話を1つご紹介します。

 

ある1人の子供の母親を名乗る2人の女性が現れます。どちらも「この子の母はわたしだ!」と言い張り、互いに譲りません。そこで、大岡越前守の奉行業で決着をつけることになりました。

その決着方法として大岡越前守はこういいます。

 

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それに従い、2人の女性は子どもの腕を引っ張り合います。当然、子どもは痛がって「いたい!」と言います。その姿を見た片方の女性は、かわいそうに感じて腕を離します。

 

引っ張り続けた女性は「やった!勝った!」と喜びますが、大岡越前守はこう言いました。

 

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母親の愛情が本物かどうかを見抜き、裁いたワケです。これぞ!「大岡裁き」です。

他にも色々な話が残っているので、気になる方は調べてみると面白いかもしれません。

 

先物取引を整備した?「大岡裁き」をみよ!

 

そして、この「大岡裁き」が先物取引の世界でも、むかし、おこなわれたとされています。

 

江戸時代の当時、お米の価格の決定権をもちたい幕府は、町人が自由に値段を決める米相場を目の敵にしていました。8代将軍・徳川吉宗は、享保6年(1721年)に、お米相場を止め、米仲買人67人を処罰。その翌年には34人を処罰したのです。更には、新田開発をして生産量を増やしました。

 

農民は栗や稗を食べ、武士は節約に励み、お米の消費量は減少しました。そうなるとおコメの価値はどんどん下がり、おコメの価格も安くなりました。

 

しかし、ここで1つ問題が起こります。

お米の価格は下がりましたが、ほかの商品の価格は下がらなかったのです。

 

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コメは大名や武士の給料です。

そのため、米が安くて他のモノが高いとなれば、米をお金に換えても二束三文にしかならないために、必要なモノが買えず、生活は益々大変になりました。

中には、傘張などの内職をする武士や、借金を踏み倒す大名まで現れました。

こうなってしまうと、幕府も米価対策の方向を変えざるを得ません。

 

享保7年(1722年)12月、この現状を見かねた幕府は、とうとう米市の設立を認めます。

 

しかし、これらの許可は目の届く江戸の商人に限ったものでした。もちろん、これには大阪の商人は腹を立てるわけです。

 

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ここでついに!大岡越前守が手を打ちます。

享保15年(1730年)8月13日、大岡越前守が、とうとう堂島米市場を認めたのです!!

 

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大岡越前守は堂島以外の米市を禁止すること、運営について幕府は一切口出しせず、自由市場であることを明言しました。彼はすでに、経済の動きによって生まれる価格の変動に受給の調整機能があることを理解していたのです。徳川吉宗も「大岡越前守が言うことならば仕方ない」と受け入れました。

 

大岡越前守のおかげで、大阪堂島に米市場が成立し、市場では「現物取引」だけでなく「つめかえし取引」も出来るようになりました。2つの取引で、米の生産者が負っていた価格変動のリスク回避(ヘッジ)が可能になったのです!

→「つめかえし取引」ってなに?

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まとめ

 

今回の記事では先物取引発祥のウラバナシとして、「大岡越前守」の活躍を紹介いたしました!

「大岡越前守」がおこなったことについては、諸説あるので、真実かどうかはわかりません…。

ただ、「先物取引」は、「大岡越前守」にもその必要性が認められるくらい大事な取引だったと言えるのではないでしょうか?

 

「先物取引」だけでなく、現在当たり前のように存在しているものが、どうやって出来たのか探ってみると、いろいろな事実が浮き出てきて面白いですね。皆様も、自分の行っている「投資」のルーツから是非、探ってみていただければと思います!

 

 

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さくら しな子

総務部株式会社さくらインベスト
社会人2年目の23歳。保険・年金・資産運用などの金融知識については、まったくの初心者。“経済的に自立したカッコいい女性”になるために、金融リテラシーについて勉強中!

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